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interview
近藤 徹 ・ 社団法人土木学会会長   【平成21年11月19日掲載】

「土木は今 何をするべきか」
〜社会資本整備を担う土木技術者に向けて〜

少子高齢化・気候変動に備える

「荒廃する日本」にならないために
いまこそインフラの維持更新を 


(社)土木学会(近藤徹会長)が関係諸官庁や建設業諸団体の後援を得て昭和62年11月18日を「土木の日」、 および「くらしと土木の週間」(18日〜24日)に制定して以来、今年で23回目を迎えた。今年も全国各地で、市民に土木への理解を深めてもらい、社会資本整備の大切さをアピールするために市民現場見学会やシンポジウムなど、多彩なイベントが展開されている。この「土木の日」に寄せて、土木学会の近藤会長〔東北電力(株)常任顧問〕は報道関係者の共同インタビューで、「土木は今何をするべきか」を大きなテーマに挙げ、社会資本整備を担う土木技術者が、今後、さらに進展する「少子高齢化・気候変動」に対して、しっかりとした備えをしていかなければならないと強調した。 (水谷次郎)

■先人の名言を教訓に日本国土の発展に尽力

昭和62年に創設された「土木の日」も今年で23回目を迎えました。関係各位の絶大 なご支援・ご協力に対して、改めて感謝申し上げます。
私は第97代の土木学会会長として5月29日に就任しました。土木学会も、もうすぐ創立100周年を迎えます。この間、地形が急峻で狭い日本の国土を、土木によってインフラを整備し、日本の経済発展を支えてきました。第23代土木学会会長の青山士(あきら)は、「私はこの世を私が生まれて来たときより良くして残したい」という内村鑑三の求案録をモットーとし、それを実行されました。小泉信三は「平生の心がけ」で、「吾々もこの国土を、吾々が受け取ったままのものとして子孫に遺すのは、恥じなければならぬ。今は吾々が吾々の子孫に継がせる、この日本の国土のために、この全能力を傾けるべきではないか」と、「国土の姿」を述べておられます。私たちも、先人の名言を教訓にして、これからも日本国土の発展に尽くしていかなければならないと思っています。

■人口減少、気温上昇に対応した国土の構築を

「社会資本整備は十分に整備されている。もうその必要はないのではないか」「土木は自然破壊ではないか」と言う人もいます。そうではありません。私は9月3日に土木学会全国大会(福岡大学で開催)で特別講演を行いました。そのキーワードは、「少子高齢化・気候変動に対して土木技術者は何をなすべきか」であります。
わが国の人口は、平成16年の1億2,778万7,000人を頂点として、減少期に入っています。その人口構成の推移をみると、昭和40年当時、生産労働人口層(15歳〜64歳)は68.9%、高齢者人口層(70歳以上)は7.1%でした。端的に言えば、10人の生産労働者が1人の高齢者を扶養する構成でした。それが昨年は2.9人で1人の高齢者を扶養しなければいけない時代になりました。このデータからみれば、おそらく2050年には1.3人が1人の高齢者を支えなければならない時が来るでしょう。そうすると生産労働者が、今よりも倍働かなければならない。私は倍働かなくても、しっかりとした社会が成り立つ国土にしていかなければならないと思っています。
気候変動に関しては、政府間パネルIPCC第四次報告で、これから地球温暖化の緩和策にいくら努めても、地球の平均気温は今後100年間に1.8〜4.0度上昇、平均海面水位は18〜59センチ上昇し、地球温暖化によって大型台風発生の可能性や、大洪水・大渇水が頻発するものと予測されています。それに対して、どのような対策を講じていけばいいのか、いま問われています。土木技術者は力を結集して、これらの課題に取り組んでいかなければなりません。

■不十分な港湾、空港へのアクセス

少子高齢化、気候変動の到来に直面し、求められているのは経済活力の維持と発展。土木技術者は高速道路のネットワークだけでなく、港湾、空港、鉄道のインフラ整備も具体的な案を出して結集すること。例えば、高速道路と港湾道路を繋ぐアクセス、あるいは鉄道と国際空港を短時間で繋ぐアクセスなどを整備していくことが重要です。
 道路整備は、欧米だけでなく中国・韓国でも、主要都市で環状道路の整備が完成しているのに対して、わが国は東京でさえ、わずか4車線の首都高速都心環状線があるのみで、環状道路は極めて整備が遅れています。世界の主要港のコンテナ取扱量をみても、1980年代当時は神戸港が世界の第4位に入っていましたが、2008年にはシンガポール、上海、香港などが上位を独占し、わが国の港湾は20位以内に全く顔を出していません。また、欧米に比べて港湾・空港へのアクセスが不十分なのも現状です。少子高齢化がさらに進めば、インフラの不足は、国際競争力の低下はもとより、社会経済活動に致命的な影響を及ぼしかねないと危惧しています。港湾・空港と高速道路・鉄道を有機的に結びつけていく必要があります。

■社会資本整備は将来の財産づくり

社会資本整備の意義は、災害から守る、国民の生活を豊かにする、経済を活発化させる、そのための土台づくりです。しかし、日本の公共事業はどちらかと言えばこれまで政府の経済財政政策として、経済面が強調されすぎてきたのではないかと思っています。政府の景気対策として長年位置付けられてきた結果、公共投資の本来の目的であるインフラの整備、つまり、安全で豊かな国土づくりとしてのストック形成については、結果的に説明が不十分だったとように思います。また国民にも、本来のストックの面がないがしろされてしまった嫌いがあります。国民は土木の仕事によって生活が豊かになり、生活が安定したと思っている人は少ないでしょうね。国民には土木によって今日の日本が、厳しい財政状況から資本投資をして社会資本を作りあげてきたこと、また、将来の財産づくりを進めていることを、ぜひ分かっていただきたい。

■少ない費用でも補修・補強の効果を

アメリカでは、ジョンソン大統領の1980年代、インフラ整備の投資を削減したため、多くの道路や橋梁が高齢化し、道路の陥没や橋梁の落橋など様々な事故が発生しました。そして「荒廃するアメリカ」と言われました。日本の橋梁は、アメリカに30年遅れて高齢化するため、近い将来、橋梁の高齢化問題に直面する恐れがあります。
 この10年間で、日本の公共投資が半分に減り続ける中、アメリカはV字カーブを描き日本の約2倍、欧米、中国や韓国なども戦略的に公共投資を増加させています。日本は、いまこそインフラの維持更新をしておかなければ、20年後、大変なことになると言われています。「荒廃する日本」にならないためにも、検査技術、補修・補強対策技術の開発を進めていかなければなりません。 
 日本の公共投資の減少は確かに社会資本整備を進めるに当たって大きな課題ではありますが、そればかりに目を向けるのではなく、これまで社会資本に投資した既設の構造物を、少ない費用でも補修・補強の効果を上げ、維持更新していくのも土木技術者の使命だと思います。

■インフラ整備は利用者側の視点に立って

活力ある経済社会を発展させるためには、国土の将来像を展望し、必要不可欠なインフラについては、限られた資源を有効に投資し、着実に整備することが求められています。造る側の論理ではなく、利用者側の視点で協力し、国民との合意形成を図りながら各技術が総合的に有機的に結びついた視点で計画していく必要があります。
大学の科目から「土木」の名前が消え、名称変更する大学が増えました。また、学生も建設業に魅力を感じなくなっているように思われます。これは、土木工学に関する基本的な科目、例えば構造力学、水理学、コンクリート工学などに対する卒業生の理解不足が指摘されています。次世代を担う土木技術者に「土木は一生を託せる職業である」ことを分かっていただく努力が必要だと思います。土木学会としても早急に対処すべき課題でしょう。

■コンクリートと緑豊かな自然を両立

鳩山政権が「コンクリートから人へ」をマニフェスト(政権公約)に掲げ、公共事業の見直しを進めています。私自身も河川専門の土木技術者です。かつて、古くなったコンクリートのブロックを見て、「うすぎたない」と住民から批判を浴び、私も胸を痛めた経験があります。やはり、コンクリートと緑豊かな自然とを両立させていくことが大事だと思います。そのよい事例として昭和61年、いまから20年以上も前のことですが、大洪水で堤防が破堤した災害復旧により、堤防をコンクリートで補修を行ったうえ、その上に厚さ2〜3メートルの土を乗せ、安全で緑豊かな堤防を築造したことがありました。これによってコンクリートの強度も十分確保できました。その意味では、あまりコンクリートの固定観念にとらわれないことが大切でしょうね。コンクリートの技術は古くても、まだ進歩しています。しかし、石を扱う技術者は少なくなりました。明治時代のコンクリートは立派だと言われています。

■ダム問題は丁寧な説明、冷静な判断が必要

ダム問題が、政府の公共事業費削減で大きな問題として審議されています。八ツ場ダム(群馬県)や川辺川ダム(熊本県)の建設中止の方針を聞いた時は、驚きました。これまでも、きちんと審議会の手続きを踏んで進めてこられたわけです。現在、八ツ場ダムは1都5県の議会の決議を経て、知事の同意を得ていますので、今後は逆の手続きを踏まなくてはいけないでしょう。広く国民、関係者の声を聞きながら手続きを踏んでいかれると思いますが…。住民参加の場として、淀川水系河川整備計画策定に向けて組織された淀川水系流域委員会は、「淀川方式」と呼ばれ一つの試金石だったと思います。結局、大戸川ダム(滋賀県)も中止になりました。ダムの建設については、双方、焦点が噛み合っていないという意見があります。しかし、私は噛み合っていけると思います。中には「ダム嫌い」の人もいるでしょうし、行政の手落ちもあったのではないかと思います。問題の解決に当たっては、丁寧に説明していくこと、冷静に分かっていただく努力を重ねていくことが必要です。
 堤防に学問があるかと言えば、かなり難しい。先人が造った堤防を改築する場合、洪水対策で「堤防を補強すればうまくいくのではないか」と議論されることがありますが、この補強工法であれば、万全であるとの提案がなければ、不見識だと思いますね。飛行機でも、たとえ1,000回、1万回飛んで安全だったからといって、もう安全とは言えないと思います。低い確立ですが危険が忍び寄っていると考えなければいけません。絶対的な安全はあり得ません。安全は、危険の芽をどう低いレベルで押さえ込むかが、工学の課題です。
「安全で豊かな社会をつくる」という土木の本来の目的は、今も昔も変わりません。土木の日を契機にして、国民の皆様には、土木が果たしている重要性・必要性についてご理解いただきたいと思います。

(こんどう とおる)昭和34年3月東京大学工学部土木工学科卒。 同年4月建設省(現国土交通省)入省、平成元年6月河川局長、4年6月建設技監を経て、6年6月ダム水源地環境整備センター理事長、 8年1月水資源開発公団総裁、15年10月独立行政法人水資源機構理事長、16年5月から東北電力常任顧問(現職)、 (財)水資源協会理事長を兼務。社会活動として林政審議会専門調査委員、河川審議会計画部会長、中央建設業審議会委員、 社会資本整備審議会河川分科会河川基本方針検討小委員会委員長の要職を歴任。元土木学会論説委員。73歳。



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