日刊建設新聞社   CO−PRESS.COM
大阪府左官工業組合 大関憲二委員長   【平成23年9月15日掲載】

「歩掛表」作成のねらい

工事単価下落に歯止めを

職人を守り、業界存続のため


専門工事を取り巻く環境が近年、一段と厳しさを増している。このため各専門工事業者をはじめ、それぞれの組合・団体では、生き残りをかけて様々な取り組みを模索している。こうした中、大阪府左官工業組合(北平省三理事長)では、組合独自での「歩掛表」を作成した。左官職人が「生涯にわたり普通に生活していける」ための目安として、平均的な歩掛りを試算したもので、組合の歩掛準備委員会が昨年から作業を進めていた。委員会の委員長を務める大関憲二理事は「我々の技術を正当に評価してもらうためのもの」と語る。その大関委員長に作成の経緯や左官の現状などを聞いた。

■作成の契機は

「工事単価の下落に何とか歯止めをとの思いがきっかけです。組合として以前には単価表を作成していた時期もありましたが有効に使うことがなく何もしていなかった。現在では考えられませんが当時は実際の単価を表示しても、何も言われることはありませんでした。また,現在は当時と比べ仕事の内容がガラッと変わってしまいました」

■仕事の内容は

「オイルショック時でも一つの新築工事で総工費の約一割は左官工事があったが、今では2〜3%にまで下がってきており、内容も下地仕事になっている。床仕事やモルタル詰め、補修工事ぐらいしかないような時代になっています」

こういった状況の中で単価に関する見直しをしていなかったことと、「周りの状況を見ればむちゃくちゃな値段になってきた」ことが大きな要因だとする。

「実際、職人さんの手間賃が1日あたりで1万円を切る状況となってきた。これではだめだと、組合としてアクションを起さないといけないということで、 今の時代にあった適切な内容で作成しようと理事会で決定したことから、委員会として立ち上げたものです」

委員会がスタートしたのは平成22年の7月で、当初は、今年の総会である程度発表できるものと要請を受けていた。第1回目の委員会では、床と壁に分け、2班に別れ検討。当初、メンバーからは「歩掛表を作って実際にどう活用するのか」との意見があったと振り返る。
現在の業界で組合としての単価を打ち出せば価格協定として公取委から摘発される恐れがある一方で、生コン関係の組合では単価表を作成しているところもある。

「私自身は公表したい気持ちはありましたが、公表した時点で仕事はなくなるでしょう。当然、実勢単価より高くなるわけですから。歩掛表自体は2月の時点で作成し、理事会にも提出しました。結果的には公表しないことになりましたが、作成するからには何時出してもおかしくないものをとの気持ちで取り組んではいました」

作成にあたっては、年間270日前後の就労日数をベースに、社会保険料等も含めた職人一人当たりの単価を算出し、その単価を基に平米あたりの歩掛りを弾き出した。

「目安となったのが、平成8年度における常用単価で、1日あたり3万2千円が組合の標準単価として出ていました。勿論目標額としてでしょうが、これを一つの目安としておりました。現在では元請によって2万から1万4千円と、約半分程度にまで落ち込んでいます」

大関委員長は「私見ですが」と断った上で、「適正な歩掛りを出すには単価に反映させるしかない」と言う。単価とはいわゆる職人に払う日当で、これに労働日数を掛けたもので「最低でも年間270日から280日間の労働日数があるわけで、これに単純に日当を掛けた場合、最低で5百万円の収入が職人さんに与えられる、これを目標として歩掛りを出しました」。その歩掛り数字はかつて行政や組合、日左連が出した資料と比較しても遜色のない数字だったとする。

また算出にあたっては、生涯収入ベースで、職人と一般事務職との比較を行った。左官職人として18歳で入職し65歳まで働くと仮定し、一人前になるまでの当初十年間の単価、その後は資格取得や職長経験などを考慮し、また経験年数も加味した平均額では2億円に満たないとし、これを一般企業の高校卒業者と比較した場合、60歳定年で2億円超となるため、「せめて同額にしたいとの思いを込め」職人一人当たりの年収5百万円と試算した。

■しかし、実態はもっと低い

「低いです。現状では日当1万2千円から良くて1万7千円まででしょう。1万円のところもあります。これは請負単価に格差があるためですが、低単価のしわ寄せは職人さんに行きます」。この低単価に加え労働日数も減ってきていることから、職人自身の考え方も変わってきたとする。

「例えば日当2万円でも月に10日しか仕事がなければ20万円、それより1万円でもいいから月に25日働いて25万円貰うほうがいいとの考え方が出てきています。しかし、そんな単価で働いていてよいのか。勿論、我々も考えなくてはならない問題ではありますが、現状では請けるところがあるからやらざるおえない状況になっています」

■左官と他の専門職種と比べた場合の格差は

「どの単価と比較して高い安いと言うのかが疑問です。例えば大工が1万円に満たないのに左官が1万円や2万円を請求するのはおかしいのではと言う人がおりますが、左官の技術というのは10年働いてやっと一人前なのでそれだけ貰って当たり前という自負がありますし、そうしないと人が集らない。仕事が回っていかないわけです」

大関委員長は、業界の現状を飴玉に群がる蟻に例え、蟻はそれぞれに手分けして飴を巣に運ぶが、業界はどこか一者しか運べないため、 「どうしても単価を下げざるをえなくなってきます」

「歩掛りで出した数字もあくまで最低ラインです。基本は我々の技術をいくらで売っているのかです。現状では例えば千円の仕事を6から7掛けとして その単価で請負ている。しかし、千円の仕事は千円で請けるのが普通であり、我々は特別高く求めているわけではなく、通常の単価で良い仕事をしたいだけです。 また、職人さんを守るため、業界を存続させるためです」

■最近では登録基幹技能者などが評価の対象になってきましたが

「現在では一級技能士の資格を取っても職人さんそのものの賃金が上がる訳でもない。そうなると何のために資格を取るのか。 発注者が資格者の常駐を求めているからです」。登録基幹技能者に関しては最近、発注者から登録基幹技能者の名簿提出を求められ出したとする。

「理想としては一級技能士や基幹技能者には資格手当てを別立てとして将来的にはその資金を本人の退職金として支給できれば良いのではと考えている。 そのためには当然、単価に跳ね返ってきます。歩掛り表ではそこも明記しておりますが、現状の請負単価では絶対に無理です」。 さらに社会保険加入問題に関しても現状では無理があるとするが、戦略会議の提言を受け、社会保険料も含めた歩掛表の作成も考慮中とした。

大関委員長は、現状を変えるのは組合で「ひいては組合員が変わるべき」だとする。「技術の伝承も含め左官として将来も良い職人さんを育て、 仕事を継続していくためには今、動かないとだめ。新しい若年層が入職してくれる環境を作らなければ何も始まらない」とし、それら左官の現状を元請に訴えながら、 「左官業界の将来展望を描く必要はある。それを実現するツールとしての歩掛表です」と言い切る。

親の代も苦労してきたが、オイルショック時の値段と現在はあまり変わらない、むしろ悪くなっている。他の物価が上がっているのに建設業界の単価が変わらないのはおかしい。「これを変えるのは組合しかない。今のうちに道筋をつくらないと誰もいなくなってしまいます」
(文責・渡辺真也)



Copyright (C) 2000−2011 NIKKAN KENSETSU SHINBUNSHA. All Rights Reserved.
当サイトを利用した結果に関するトラブルなどに関しては、当社としては一切責任をとりかねます。