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藤井聡・京都大学大学院教授   【平成24年01月05日掲載】

この、日本を救うために進むべきは ”列島強靭化” への道

震災復興一日も早く  待ったなし「次」への備え

最重要 交通インフラ整備  財源は建設国債発行で


 強靭な国土形成が日本を救う―。東日本大震災から原発事故、台風被害と、日本の国土は大きな災害に見舞われた。しかし、政府の対応は立ち遅れ、復興への道のりは厳しい状況となっている。災害復興を担う建設業にあっても、市場の縮小と景気の低迷により大手はもとより、地方業者の疲弊しきっている。こうした中、公共事業の重要性を説き、迅速な復興と機能分散により国を強化する「列島強靭化論」を打ち出した藤井聡・京都大学大学院工学研究科教授は、交通インフラの整備と都市・地方の格差解消などで国全体の強化を図り、具体的な財源確保策や新たな事業スキーム構築の重要性を指摘する。また、「TPPは建設業を弱体化する」と明確な立場で警鐘を鳴らす。その藤井教授に、強靭化の基本的な考え方と実現への方向性を聞いた。     聞き手・渡辺真也

■まずは東日本大震災における政府の復興対策について。

 一番の問題は復興事業のスピードです。圧倒的に遅すぎます。初めての本格的復興予算となった第三次補正予算の成立までに8カ月もかかっている。二番目の問題はその予算規模の小ささで、5年間で19兆円としていますが、何故19兆円なのか。自民党は20兆円規模、30兆円規模の財政出動を要求しており、本来、それが普通の感覚です。財政の悪化を配慮するより支援することが第一義ではないのか。財政悪化のデメリットと、支援が遅れることによって国民が亡くなっていくこと、どちらが重要なのか。同じ財政出動でも円高対策として為替介入時には7兆4千億円を投入している。この違いは現政権が人命より財政を重視している証左にほかなりません。

■復興予算もそうですが、震災対応そのもの当初からもたついておりました。

 第三番目として、こういった状況に対して怒りを持っている国民がどれほどいるのか。こういった国の仕打ちに関して怒りを覚えている国民がいないことに私は怒りを覚えます。同胞に対しあまりにも無関心すぎる。震災に対する政府の無作為、その無作為に怒りを感じない国民に対して非常に憤りを感じておりますし、それが現在の日本の姿であることを認識しました。

■今次の地震を受けて日本列島強靭化論を著されましたが、この中で強調したかったことは。

 強靭化論で言いたかったことの第一は、震災復興を一日にも速く遂げること。そうでなければ傷が癒えないうちに次の地震を迎えてしまう。次の地震に備えるためにも一日も早く復興を終えることが強靭化の第一歩です。二点目は、その地震に対する備えそのものです。将来の発生が予測されている地域での建物耐震化や防波堤等の構造物の強化などとともに社会的な取り組みも必要です。学校等での日常的な防災教育やBCP訓練の実施などです。

 三点目に挙げるのが国土構造そのものの強靭化です。被災地域に集中している都市機能や生産拠点を分散化して造りなおすこと。四点目は現在、 日本が罹っているデフレ病を治すこと。この病気に罹ったままでは強靭な国家にはなりえない。一刻も早くデフレを克服し、経済成長を果たすことであり、 経済成長を果たすことが一点目から挙げた課題解決にも必要で、デフレ病を脱却し経済成長を果たすことです。

 最後がこれ以上、過度の自由貿易推進を抑制することです。このためTPPへの加入は是が非でも止めなければと考えています。過激な自由貿易の推進は国土を、 国家を確実に脆弱化させます。TPPは経済圏や国境を無くすためアメリカ頼りとなり、アメリカがいなければ生きていけないような国になります。 そういった国は脆弱化することになり、強靭化を目指す上での障害になるだけです。以上が強靭化論の基本的な考え方です。

■強靭化の一つに都市機能の分散化を挙げておりますが。

 都市の分散化において一番重要なことは交通インフラの整備です。特に都市間交通における大容量交通の整備で、このため整備新幹線はもとより、様々な鉄道整備を進めるべきで、中でも日本海側での軸を構築するべきです。具体的には羽越線の複線化や北陸新幹線の京都、大阪への延伸と山陰線、日豊線の複線化、さらに山陽新幹線と四国新幹線の相互乗り入れ、山陽新幹線と白眉新幹線の相互乗り入れ、これを実現することによって山陽から四国、山陰地方の都市化が進展します。

■西日本の交通インフラを従実させる。

 また、人口の分散化にはこれら都市間高速鉄道が有効ですが、工業や商業の分散化においては高速道路の果たす役割が極めて大きく、これは歴史的にも証明されています。このためこれまで投資がなされていなかった日本海側や九州、四国、北海道において高速道路や新幹線、鉄道への投資を促進していくことが求められます。これまで地方が何故地方で、都市が何故都市であったか。それは公共投資が行われてきたかどうかであったためです。都市に対して公共投資を行うという方針を明治以降から引き継いで実施してきたからで、その間、地方は後回しとしていたため、都市と地方の格差を巨大なものにしてしまった。さらに、その政策ルールを変えなかったことによりますます格差が広がってしまった。都市は都市であるがゆえに投資が進み、一方で地方は衰退し、さらに投資が行われなくなってしまった。

 明治初期、あるいは終戦後の急場では都市への集中投資も仕方がない部分もありましたが、途中でルールを変更すべきだった。ところがそのままの 状態で来てしまったことから都市はますます巨大化し、地方は衰退の一途をたどることになり、都市と地方の格差は広がり、国土自体が脆弱化してしまった。 このことから国土の脆弱化は都市に優先投資するという考え方そのものにあり、従って強靭化に必要なのはその考え方を見直すことです。

■かつての第四次国土開発計画では多極分散型国土の形成を謳っていた時期もありました。

 四全総の時代にはまだ、地方にも均衡ある国土の発展という言葉があり雰囲気はありましたが、グランドビジョンを描かない国土形成計画では、その理念がどんどん薄まっていき、選択と集中といった理念が幅を利かすようになってしまった。

 また、フィロソフィカル(哲学的)に言うと、国のあらゆる場において国土全体の発展を考えるという思考性そのものがが低下してしまった。 国全体をどうするかとの思いがあれば、横断的な議論になりますが、国土計画がいつのまにか細分化計画に流れていった。国土というスケールでの計画論が衰退していき、 かわりに細分化計画の典型として出てきたのが国土形成計画におけるブロック型の国土開発です。この考え方では、国全体に必要な軸というものが出来てこなくなります。 こういった経緯を経て日本全体が脆弱化していったわけです。

 国を強靭化するためには、国全体でどういった投資をすべきか考えなくてはならないところに、各地域でばらばらにインフラ投資すると、 国の強靭性が向上する可能性が極めて低下してしまいます。これは大きな問題です。

■問題は強靭化するための投資財源をどう手当てするかですが。

 財源には、建設国債を発行することが第一です。デフレの今、建設国債を発行しても金利は上がりません。銀行にお金があるからです。第二に、建設国債を大量に発行すれば、そのうち金利が上昇していきますが、その時に必要なのが金融政策で、日銀が国債を買うオペレーションを実施すればいい。その際、日銀自らの直接引き受けをせずとも、市中からの買いオペレーションをかけて長期金利を押さえればいい訳で、そうすれば十分に国債でファンドを調達可能です。その状態を持続すれば市中に円が行き渡り、今度はデフレからインフラに変わっていきます。インフレになるということはGDPが上がるということで、そうなると自然に税収が増える、これが三つ目の財源となり、さらに買いオペレーションを続け、金利水準が超過となった場合には消費税等の増税を実施する。これが四番目の財源となります。

 つまり国債発行と金融政策、増税を財源にすれば、大雑把に言えば一番目で50兆円、二番目で約100兆円、残りで150兆円と試算すれば 復興財源も充分に手当てができおつりがきます。こういった試算もできないのか、あるいは分かっていてやらないのかは分かりませんが、財務省と現政権は何がなんでも増税、 増税で走っています。前財務大臣である現在の首相と財務省の考え方が完全に一致しているようです。


今は国を開くより閉じる方が得策

建設業界地図さらに混乱
  国内マーケット明け渡すTPP

■欧州のユーロ危機、経済危機の日本への影響は。

 日本のマクロ経済そのものへの影響は懸念されますが、ユーロ圏域の国債の信用が収縮しているため、反対に日本国債の人気が高まり、日本国債が買われることでさらに財源の手当てができるという側面は考えられます。ただしTPPのように自由貿易を推進している中で、パートナーとなる国が経済的に失墜していくことの方がむしろ影響は非常に大きなものとなるでしょう。今後、EUや中国、アメリカなどでの経済成長が望めない時期に連携をすれば日本は損をしていきます。殆ど国内では理解されていないようですが、今は、どう考えても国を開くより閉じる方が得策です。対岸の火事が飛火することを防ぐためには門戸を閉ざす必要があります。

 またTPPでは、相手国が不況になるとその国の企業等が日本国内に移動して来る。そうなると自由貿易ですから国内でいくらでも商売ができるわけで、 まさに渡りに船です。これは建設業でも同じです。国内が不況になれば海外で仕事をやっていますね。それと同じ事です。

■WTOルールが制定された後でも海外企業の日本進出はあまりなかったように思いますが。

 それは非関税障壁が多数あったからですが、TPPではそんな障壁も撤廃されます。もし仮に私が米国政府であれば、まず「トンネル発注」が出来ないという日本国内の規制を撤廃させるでしょう。そうして米国企業に受注させ、上前をハネさせた上で、工事そのものは現地業者、つまり日本企業に外注させます。あるいは「投資の自由化」に便乗して、日本国内の建設企業を買収させます。そうすると日本支社を置く必要もなくなります。つまり強力な政治力を誇る米政府の立場に立てば、TPPに入った日本の建設市場で米国企業を儲けさせる方法なんていくらでも考えつけるわけです。

 また、そういった形で都市部での大型工事を受注していけば、当然、国内ゼネコンのシェアが減少する。そうなれば今度はそれら大手ゼネコンが地方の 工事を取りにいく。それらゼネコンが地元業者のシェアを侵食すると、あとは所謂ところてん式に地方の中小、弱小の建設業者から順次、潰れていくことになるでしょう。 事実、建設大不況の今、既に一部ではこういった現象が起きているとも言えるでしょう。

■そうなると地域や地場の建設業者は生き残れない。

 日米構造協議以前の建設業界は、大手ゼネコンと地方業者は共存共栄していましたが、外圧により談合がなくなり、一般競争入札が導入され、 そこに公共投資の減少によりマーケットが縮小していく中では大手ばかりが大きくなり、地域業者や零細業者はどんどん潰れていった。さらに誠に許し難いことに、 TPPによりこれの流れがさらに加速することは明らかなことなのです。

 では地方業者はどうすればいいのか、国では農業や林業への転業を奨励しますが、その分野もTPPにより潰されることはほぼ間違いないでしょう。 結局、TPPは日本のマーケットを外国に明け渡すことなのです。そして一方で日本側で相手国に進出できるのはごく一部の大企業だけです。しかも、 そんな大企業ですらTPPによって大きな利益を得る見込みは殆どありません。なぜなら各種条件を勘案すれば、より多くの規制が撤廃させられるのは 米国でなく日本だからです。

 建設業はTPPに対して中立の立場を取る人が多く、むしろ前向きな意見が多いような気がします。しかしそれは、TPPがどういうものかが 十分に理解されていないからでしょう。実際には今言ったようなことが現実に起こる可能性が非常に高く、建設業そのものが危機にさらされます。 ですから建設業の方々は反対の立場を取るべきです。これは強く皆様にお願いしたいと思います。

 ところでこうしたTPP不参加の決定のみならず「強靭化」に向けた財政出動のためには何が必要かといえば、そうした政治判断が可能な「政局」 を期することの他にありません。そしてその上で、新幹線や高速道路を整備するための事業スキームをつくること。 現在の法制外にある事業を進めるための新たな法律や法的担保を確立する。また、スキームとともに整備路線を明らかにするための国土計画もつくる必要があります。 現在の国土形成計画は、とても国土計画と呼べる代物ではありません。整備理念をはじめ整備予定地域と整備期間、財源をきっちりと明記した国土計画を立案することです。

 法律に裏打ちされた国土計画とスキームをつくり、それに見合った財政出動を行う。この実現には一つの省庁では不可能で、複数の省庁にまたがって行う必要が あります。これを実現するためには適切な「政治の力」が必要となってくるでしょうが、もし現政権がこれを「やる」というのであれば、全力で応援すればいいですが、 これまでと同様に「やらない」というのであるなら、強靭化に必要なのは政権交代、もしくは政界再編しかないでしょう。今後、一番重要となるポイントはそこにあります。 強靭化を果たす政府の出現、そこがポイントとなるでしょうね。

藤井聡(ふじい・さとし)1991年京都大学工学部土木工学科卒業、1993年京都大学大学院工学研究科修士課程修了、京都大学工学部助手、1998年京都大学博士(工学)取得、スウェーデン・イエテボリ大学客員研究員、2000年京都大学大学院工学研究科助教授、2002年東京工業大学大学院助教授、2006年同大教授、2009年京都大学大学院工学研究科教授、2011年京都大学レジリエンス研究ユニット長。著書に「公共事業が日本を救う」「列島強靭化論〜日本復活五カ年計画」等多数。奈良県出身。43歳。


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