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小林弘樹・(株)アキュレートアドバイザーズ 代表取締役   【平成24年01月05日掲載】

全都道府県で「暴力団排除条例」施工

実情と対策

反社会勢力との関係遮断


 昨年10月1日に東京都と沖縄県で「暴力団排除条例」が施行され、これにより全都道府県で施行されることになった。条例は「反社会的勢力との関係遮断」のための取り組みを一層強化し、暴力団の資金源にメスを入れるのが大きな目的だ。その取り組みは、これまでの「警察VS暴力団」から「社会VS暴力団」という構図に変え、社会全体で暴力団を排除する方向へ大きく転換させている。近畿でも「暴力団員の参入を拒否する」「暴力団による不当な要求は断固拒否する」ことを誓った「暴力団排除宣言」を行う企業や団体が増えてきた。企業にとって条例への対応は、コンプライアンス(法令遵守)の観点からも重要な経営課題の一つになりつつある。こうした背景のもと、大阪府警察本部で組織犯罪対策などを手がけた経験があり、暴力団の絡む金融・証券事犯に詳しく、また、リスク・マネジメントやコンプライアンスの国際的な基準を活動基盤に幅広く活躍している(株)アキュレートアドバイザーズ代表取締役の小林弘樹氏に反社会的勢力の実情や対策などについて聞いてみた。

  民間の考えにまだ甘さ

 暴力団排除条例を初めて施行したのは佐賀県。暴力団組事務所の開設について、不動産所有者が暴力団に対して賃貸契約を拒否・解除ができる内容を規定した「佐賀県暴力団事務所等の開設の防止に関する条例」を2009年7月1日に施行した。次いで福岡県などが暴力団の威力を利用する事業契約の禁止や暴力団の公共工事妨害排除、暴力団から危害を加えられる恐れがある者の保護など、総合的な規定を盛り込んだ条例を2010年4月1日に施行し、その後、都道府県に広まった。大阪府も昨年4月1日に施行している。

小林氏

 「かつては事業者が暴力団とゴルフをしていても、状況を把握するのみで、民間と民間の取引には関与できないという姿勢だったと思います。例えば大相撲維持員席に暴力団幹部がいても、警察は暴力団排除を支援する立場でした。芸能界にしても黙認していたところがあったと思います。しかし、一般社会活動に浸透する暴力団の存在に関しては、昔から問題視されてきたのは事実です。福岡県の条例に関し、有害図書として指定された暴力団関係の漫画や雑誌をコンビニに置かないよう規制したこと。民間事業者の責務を厳しくさだめたこと、これはインパクトがありました。都道府県の条例の中味では、最近施行した東京都などは厳しく、2〜3年前に施行した条例は少し緩いイメージがあります。このような都道府県による温度差は、今後、条例の改正によって解消される見通しで、より厳しい条例の運用がなされるものと思われます。また、企業のコンプライアンスにしても、かつては目をつぶっているところが多かった。官が求めるところはきつく、民の考えはまだ甘いところがあります。いま、企業のコンプライアンス対策が急務になっています」

 「そもそもコンプライアンスとは、組織体の方針、計画、手続き、法律、規則、契約、その他要請事項に忠実に従い遵守すること。リスク・マネジメントや コンプライアンスは、企業の目標、方針・計画の達成のために必要とされるものであって、不正発見や調査による、利得機会の逸失のためにあるものではない、 という経営陣の認識が必要です。最近の事例として、オリンパスの粉飾事案(虚偽記載)や大王製紙の多額資金流出事案(特別背任)をみても明らかです」

  巧妙化する暴力団犯罪

 暴力団は平成22年度末現在で、7万8600人(構成員3万6000人、準構成員4万2600人)。主要三団体は国内最大組織の六代目山口組(3万4900人)が34%を占め、次いで住吉会(1万2600人)の16%、稲川会(9100人)の11%。いまは準構成員が構成員を上回るなど、正式な組員を名乗らずに活動する者が増えているという。昨年11月には東映京都撮影所(京都市右京区)が暴力団との関係を断ち切る「暴力排除宣言」を行った。また、山口組の総本部(神戸市灘区)がある兵庫県のある神社は、暴力団組員の集団参拝を断る方針を決めた。建設企業、関係諸団体も警察官や専門家を講師に招き研修会を開くなど、暴力団排除の動きを加速させている。

小林氏

 「平成22年の暴力団情勢(警察庁)をみますと、全検挙数は2万5866人。このうち覚せい剤・大麻取締法で検挙された者が6971人と最も多く、次いで暴行・傷害、窃盗、詐欺と続いています。そもそも暴力団用語の定義は、暴力団、暴力団等、暴力団密接関係者の三つに分類されます。暴力団とは、その団体の構成員が集団的に、または常習的に暴力的不法行為などを行うことを助長する恐れがある団体とされ、これは山口組など指定暴力団のこと。暴力団員等の等とは、暴力団員または暴力団員でなくなった日から五年を経過しない者。暴力団密接関係者とは、暴力団または暴力団員と密接な関係を有する者として公安委員会規則で定めている者としています。この規則とは、暴力団または暴力団員と社会的に非難されるべき関係を有する者などが該当します。暴力団は犯罪保有者比率などで決まります。これは暴力団対策法にも明記されています」

 「一般的には、暴力団が検挙された様子や黒い高級車に乗っている人物をイメージしがちですが、これは一部幹部の暴力団であり、多くは暴力団密接関係者らが 身近に犯罪行為を繰り返しているケースが多い。かつては拳銃を発砲する、殴る・蹴るの行為が多く見受けられましたが、いまは金をだまして取る犯罪、 金銭や財産に絡む巧妙な犯罪が増えています。豪華な良い暮らしをしているのは一部の者だけ。若い人間は定職にも就いていません。結局、暴力団の存在は、国家の治安・経済に 影響を及ぼしていると言わざるを得ません」

「社会VS暴力団」へ大きく転換
  公共工事等からの排除

 昨年4月1日に施行された大阪府暴力団排除条例の基本理念は、「暴力団を恐れない」「暴力団に対して資金を提供しない」「暴力団を利用しない」の3ない運動に、プラス1「暴力団事務所の存在を許さない」とし、暴力団排除における「府・府民・事業者の責務」を明確にしている。

 公共工事等からの暴力団排除としては(1)暴力団員および暴力団密接関係者が元請、下請になることを許してはならない(2)知事は、元請人および下請人に対して、 これらの者が暴力団員または暴力団密接関係者でない旨の「誓約書の提出」および報告などを求めることができる。暴力団員または暴力団密接関係者に該当すると 認められるときは、その旨を「公表」することができる(3)不当介入を受けた元請人、下請人等は「速やかに府に報告しなければならない」。知事は不当な理由なく、 府への報告をしなかった元請人・下請人等に対して「指導・勧告」をし、勧告に従わなかった場合は「公表」することができる―とされている。

 さらには暴力団員等への利益供与禁止等、暴力団員の威力の利用禁止等、青少年健全育成を図るための措置、不動産の譲渡等に関する者の責務、譲渡等の媒介等をする者の責務など、暴力団排除に対する条項をキメ細かく定めている。

 青少年の健全な育成に資する環境を整備するためには、学校などの保護対象施設の敷地から200メートルの区域内に暴力団事務所の新規開設および運営の 禁止も条例に盛り込んだ。違反した場合は、一年以下の懲役または50万円以下の罰金を科している。

小林氏

 「大阪府の場合、条例を施行する前は大阪府暴力団排除措置要項に基づいて暴力団排除対策を行っていました。今回の条例では、府民・事業者の責務を明示し、これまでの警察VS暴力団という構図を、『社会VS暴力団』へと大きく変えたことが大きな特徴です。そのために、府民や事業者が対策を講じなければならないという義務が生じました。また、暴力団または暴力団密接関係者に該当すれば、その旨を『公表』するとしていますが、これは業者にとっても厳しい内容となっています。他府県では、すでに公表されたことによって、取引を打ち切られ破綻する企業も発生しています」

 「例えば事業者がコンペで、怪しいと思われる者とゴルフしていたとします。大阪府では、この事例に対する明確な規定はありませんが、そのように疑われる人物とは頻繁にゴルフをしてはならないと明記しているところもあります。また、組事務所で催される宴会で大量に注文したピザ宅配を禁じるような事例も、他府県では紹介されています」

 「私ももともとは金融機関にいましたが、取引相手が“怪しい“とは思っていても、それらを精査・調査する努力は怠っていたと言わざるを得ません。怪しいと思っていても、民間事業者では相手が暴力関係者か否かは明確には分からない。しかし、条例の制定によって事業者には積極的に情報収集活動を行うことが求められています」

 「青少年健全育成を図る措置として大阪府では、この条項だけが違反の罰金の対象になっています。敷地から200メートル以内に新規事務所の開設・運営しては いけないとしていますが、他府県では暴力団の事務所そのものを建設してはならないという厳しい条例を制定しているところもあります。青少年の中に、 暴力団組長の息子がいるとしたらどうするのか、という問題もあります。今後は子供の心のケアも必要になります。また、かつてヤクザの映画がもてはやされた頃があり、 よく映画やテレビで放映されました。これも青少年の健全な育成のため、いまは条例で規制するところが増えてきました」

 「不動産に関する契約で不当要求があれば、上司に対する通報体制や審査体制は必要ですが、それが難しければ、事前に誓約書をとっておくことも忘れてはなりません。これで契約の解除も可能になります」

  被害防止する基本原則

 暴力団を含む反社会的勢力の排除は、犯罪対策閣僚会議幹事会申し合わせで、平成19年6月19日に出した「企業が反社会的勢力による被害を防止するための指針」が基本になっている。この指針では、「近年、暴力団は組織実態を隠ぺいする動きを強めるとともに、活動形態においても、企業活動を装ったり、政治活動や社会運動を標ぼうしたりするなど、更なる不透明化を進展させており、また、証券取引や不動産取引等の経済活動を通じて、資金獲得活動を巧妙化させている」とし、「暴力団排除意識の高い企業であったとしても、暴力団関係企業等と知らずに結果的に経済取引を行ってしまう可能性があることから、反社会的勢力との関係遮断のための取組みをより一層推進する必要がある。反社会的勢力に対して屈することなく法律に則して対応することや、反社会的勢力に対して資金提供を行わないことは、コンプライアンスそのものである」と強調。

 その反社会的勢力による被害を防止するための基本原則として、(1)組織としての対応(2)外部専門機関との連携(3)取引を含めた一切の関係遮断(4)有事における 民事と刑事の法的対応(5)裏取引や資金提供の禁止を明記。平素からの対応としては、「反社会的勢力の情報を集約したデータベースを構築すること」など、また、 有事の対応(不当要求への対応)としては、「情報を速やかに反社会的勢力対応部署へ報告・相談し、さらに速やかに当該部署から担当取締役などに報告する」など、 盛り込んでいる。

小林氏

 「以上、お話したことをまとめますと、企業のやるべくことは(1)トップマネジメントの意識改革、反社会的勢力への対応方針を定め、ホームページなどで公表すること(2)公共工事などで不当要求があった場合の上司への報告ルール、府への通報体制、社内審査体制(責任者・担当者の設置など)の確立を図ること(3)特に公共工事での必須事項は、取引業者からの暴力団員または暴力団密接関係者でない旨、反社会的勢力でない旨の誓約書を徴求すること(4)地元警察署や暴力団追放センターと連携強化を図ること(5)大阪府公表記事などから情報を収集し、そして社内・連携会社間でデータベースを構築することが必要です。情報収集はインターネットで行い、分からなければ日経テレコンなどの活用も考えなくてはなりません。それでも疑問点が残る場合は、暴力団追放センタや警察に相談することです。そのためには、平素から暴力団追放活動に積極的に参加することなどが求められます」

(文責・水谷次郎)

(こばやし・ひろき)92年住友銀行(現三井住友銀行)入行。98年大阪府財務捜査官採用試験に合格し、同年住友銀行退職、大阪府警察本部財務捜査官拝命。刑事部捜査第二課、組織犯罪対策本部、刑事部捜査第四課で反社会的勢力の絡む金融証券事案捜査に従事。08年大阪府警察本部退職し、IT企業の潟tィット取締役に就任。11年IT企業運営をしつつ、リスク・マネジメントの中のコンプライアンス部分に関する講演活動や体制構築支援などを行う潟Aキュレートアドバイザーズ設立。


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