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大阪府建団連 阿食更一郎相談役  【平成24年08月06日掲載】

社会保険 加入率高い業者の分析を

「過度な分業」「請負の形骸化」で価値低下


 協議会の開催など、社会保険未加入企業排除への取り組みが着実に動き始めているが、その一方で、「三保険を負担すれば民間マンションが受注できない」(地元ゼネコン)、「人員を含め摘発体制は整っているのか」(専門工事業者)など不安や疑問の声も聞かれる。かねてから「掛け声だけで実現は難しい。業界の構造改革が不可欠」と指摘する大阪府建団連・阿食更一郎相談役に業者の実状や課題などを改めて聞いた。  (中山貴雄)

■保険未加入企業排除がいよいよ動き出した。

 「事業主は社会保険加入で約15%の負担増加とされるが、もっと掘り下げて見ないと。今でも職人は低賃金。左官では日当が1万5千円足らずで道具代も自分持ち。交通費を負担する現場もある。事業主負担だけを見れば15%程度だが、職人も控除で手取りが減る。その分を上乗せしてあげないと彼らも生活できない。事業主、職人の双方に負担が増える。請負金額を上げないと現状維持さえ難しい」
 「また、保険加入を進めるのであれば、現在の二次、三次という下請形態を抜本的に見直し、事務処理の体制を整える必要もある。ゼネコンから仕事を請け、経費分を引いて『後は好きにやれ』と下請に仕事と金を渡す。こんな商習慣では、業者に事務処理能力もない。ましてや、自ら手続きして保険料や税金を納める意識も乏しい」

■真面目に保険加入した業者が不利になる。そんな懸念も根強い。

 「どのように規制していくか。行政も業界もまさに智恵の出しどころだ。
 昔は大阪でも、多くの一次業者が職人を正規雇用していた。しかし、経費が出ないから全部切り離し、結果、一人親方が生まれた。その一方、設立当初から全く職人を雇用してない一次業者もいる。こういう受注機能だけの業者は上手く儲けて、職人の面倒を見たところが疲弊していった。今回は国も本気のようだが、短期間で70%〜80%くらいの保険加入率を実現しないと、再び未加入業者に市場を乱される。これでは同じことの繰り返しに過ぎない」
 「地方で正規雇用している業者は『未加入企業排除を早急にやってくれなければもたない』と焦っている。事業主と職人の負担を考慮すれば、職人を抱えてない業者と30%程度コストに差が出る。大雑把な計算だが、これでは保険加入している業者の受注は極めて厳しい。また中国地方に行くと、『大阪の業者が安い』と嫌みを言われるが、元請はその業者の中身を深く調べずに発注している。下請に決算書の提示は求めるが、見るのは財務状況だけ。ちゃんと法定福利費を払ってるかは問題にしない。地方と比べて生活コストの高い大阪で、職人の日当が安くなる根拠はなく、大阪の業者が安い理由は『職人を正規雇用してない』。単にそれだけだ」

■都市と地方はもちろん、職種間でも加入率に差がありそうだが。

 「保険加入率の見方は様々だ。例えば、機械化が進んでいる職種。こんな業者は保険加入も比較的容易ではないだろうか。売上高に対し人件費の割合が少ないから。躯体職では、いわゆる『材料持ち』の型枠大工。他には塗装業者なども人件費の比率は低いと思う。
 一方で労務職と呼ばれる職種。特に土工は、ほぼ100%が人件費。われわれ左官もそれに近い。それだけに負担も重く、これら職種の保険加入はしんどい。『建築系に比べ土木系の方が加入率は良い』というデータもあるが、これは機械化が進んでいるからではないか。取り組みやすい職種、難しい職種。それぞれ個別に見極めて進めることが大事だ」

■労務職にはハードルが高いということ。

 「大阪の専門工事業は過度に分業化してしまった。掘削は掘削業者、基礎は基礎業者といった具合に。地方では、鳶でも仮設資材や機械などを自社で持っている。そこに企業としての基盤がある。仕事の幅を広げ、労務費のウェイトをいかに下げるか。そこが課題。そのためにも複数の職種をこなすことも必要になる。鳶なら掘削もやり、足場など仮設資材を持つとか。労働力だけを提供して『日当いくら』という商売では、業者も職人も付加価値を生みにくい。『受注金額を上げて欲しい』と、お願いするだけでは保険加入を進めることは困難だ」

■職種が増える反面、それぞれの付加価値が減った?

 「需要が増え続ける中、効率的に工事を進めるためには、職種を専門化・細分化する必要があったとも言える。ところが職種を細かく分ける、つまり分断することで専門工事業者は弱くなった。だから叩かれる。結局、力が弱くなり、働く環境が悪化し、若い人が入らなくなった。昔の鳶土工は杭打ちやコンクリート打ちもしていた。左官にしても、昔は屋根葺きまでやった。これだけ需要が減ったのだから元に戻したら良い」

■それ以外に弱くなった原因は。

 「請負制度の形骸化だ。本来請負なら、われわれのやり方を全て現場で適用してもらえる。つまり智恵と工夫で儲けることができた。ここに付加価値があった。今では施工内容を全てオープンにして元請に提出する。『この方法でやらせて欲しい』と下請から提案しても『ダメだ』でおしまい」
 「昔は専門工事業者にも裁量があった。例えば鳶の場合、10tクレーンで30tクレーンの能力を発揮できるよう工夫した。優秀な鳶の世話役は安いコストで高い能力を生み出したものだ。これが技量、即ち値打ちだ。しかし今は、クレーン作業では重機屋を呼び、鳶の仕事は『玉掛け』しかない。これでは儲かる筈もない。また今は、全てを元請の技術屋が決める。何より安全が最優先。下請は言われた通りやるだけ。智恵を発揮する場もない。もっと付加価値のある仕事に転換し、専門工事業者にも余力ができて、働く人に還元する。そんな流れに変えていかないと」

■その意味では、既に保険加入を進めている業者は参考になる。

 「左官でも材料を自社購入している業者は保険加入率が高いと思う。加入状況は決算書を見たら簡単に分かる。数字を見て法定福利費を払っている会社はどんな経営をしているのか。しっかり分析する必要がある。酷な言い方だが付加価値をつくれない業者がいくらあがいてもダメ。日当も上がらない。従って未加入企業への罰則強化だけではなく、保険加入できる業態にしていくことも考えないと。罰があっても法の網をくぐる連中も出てくる。目先の金儲けのため、ペナルティ覚悟で安く請ける連中もいるだろう。その排除を求めると同時に、専門工事業者や職人の価値とは一体何なのか。そこを問い直す。まさに構造改革だ」

■合わせて発注者に実態を知ってもらうことも大事。

 「昔みたいに職人の使い捨てはできない。保険も掛けないとダメ。そういう時代になった。これも社会の流れだ。とは言え、発注者がどこまで認めてくれるのか。『働く人を守るため工事費に上乗せして』と求めたところで、果たして聞く耳を持ってもらえるのか。とりわけ民間デベロッパーは『安ければいい』が本音。元請も安く受注すれば払いたくても払えない。仕事があったら発注者に強く言えるが、元請も仕事が激減し食っていくのが精一杯の状況だ」
 「さらに実状を訴える前に、業者も職人も、きちんと国民の義務を果たさねばならない。納税もしないで金を貯め、それで会社を立ち上げた人も過去にはいた。サラリーマンは15万円の給料でも天引きされるのに・・・。最低の義務さえ果たさずに『食えません』では、世間に何を言っても通らない。義務を果たしてこそ、社会は耳を傾けてくれる。そういうものだと思う」



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