日刊建設新聞社   CO−PRESS.COM
兵庫県建設業協会 前川容洋会長  【平成25年05月09日掲載】

環境変化の中の建設業

特需より安定投資を  若者の入職・育成が最重要

社会保険 加入したくなる方策必要


 新たな経済対策による公共投資の増加は、建設業界にとって久しぶりの明るい話題となり、また社会保険等未加入問題でも、国をはじめ元請、下請各団体で加入に向けた取組みが動き始めている。この状況の中、兵庫県建設業協会の前川容洋会長は、アベノミクスに期待を寄せながらも「現状では急激な工事量増加に対応しきれないのでは」と懸念を示す一方で、保険加入をはじめ技能労働者の処遇改善は必要だとしながらも「取組みにあたっては現場の実情を理解した上での制度構築が必要だ」と語る。その前川会長に、現状の課題と自身の想いを語ってもらった。

(聞き手・中山貴雄)

■政府の経済対策による公共工事の増加や国土交通省の技能労働者に対する賃金アップ通達など、建設業界を取り巻く環境に動きが出てきておりますが、これらに対する考えをお聞かせください。

 アベノミクスの中心政策として、国土の安全安心とデフレ脱却のための公共事業が挙げられました。業界にとって、前政権の絶望≠ゥら希望≠フもてる状況になってきたことは大変喜ばしいことです。
97年の「財政再建路線」への方向転換から、消費増税と公共投資削減が始まり、最近の建設投資額はピーク時の半分以下の40兆円ほどになってしまいました。その一方、世界に類を見ない日本病といわれるデフレが恒常化してしまいました。
 右肩下がりの建設産業には投資意欲や夢もなくなり、若者の入職も減り、就業者数はピーク時の685万人から480万人を切るほどになりました。建材工場も統廃合が進み、特に建設に必須のコンクリートプラントは激減し、建設生産能力の低下は危機的状況となってきました。公共事業の増加は望むところでありますが、一時的な特需でなく、民需の動向も考慮し長期的に建設投資額を安定させる等の手段を取らなければ、持続可能であるとの期待が持てず、投資意欲に繋がりません。
 技能工の賃金アップについては他産業に比べ、低すぎる賃金の改善は必要であり、若者の入職意欲にも繋がるものです。しかし賃金を上げたからといって有能な技能工が突然増加する訳でもなく、国交省の労務単価が、一様に広がるとも思えません。元請の受注金額も国交省、地方行政、民間で大きな差があり、一律に労賃が改善されるとも思えません。
 全国各地において工事量と技能者数の需給関係の中で、自然に労務単価の調整がなされるものと考えます。東北の復興で分かるように、建設生産能力が低下してしまった中で、急激に工事量だけが増加しても、受注して倒産する≠ニいう悲鳴が起こります。契約しても人手不足で施工できず、契約解除、指名停止となる例や工期の遅れ、コストアップによる赤字になる等、このようなことが国内どこにでも起こりうることとなるかも分かりません。

■職人不足の現状ではあり得ることです。

 デフレ脱却(インフレ)には、受注量も増加、利益も上がり、賃金も上げられる良いインフレと倒産が増え、不況の中でコストアップが進む悪いインフレがあります。そのようなスタグフレーションが起こらないようにすることが大切です。単価を上げれば工事が進むのでしょうか、予算が付き大量発注するという前に、いま一度、現場で起こっている実態が調査され、ガタが来た建設業界の立て直しや人材育成の目でも考えることをお願いしたい。
 アベノミクスは成功させなければなりません。日本のためにも!業界のためにも!大災害が頻発する中で未だに止まぬ「財政再建論者の公共事業不要論」を決定的にしないためにも!

■そこにきて社会保険未加入問題が提起されてきた。

 現場のほとんどの職人さんは、個人で国保などに加入されていますが、この点において法律に抵触している会社は多いと思われます。これは建設投資額が激減する過程で専門業者が職人を抱えきれなくなり一人親方化が進んだ結果であり、この様な厳しい環境下で、業界を本当に支えてきて頂いたことも事実です。それ故五年で排除するという無慈悲な政策でなく、加入しやすい、したくなる方策を検討してもらうことが大切ではないでしょうか。逆に離職・廃業等により、職人が激減することこそ問題であり、若者入職促進にも逆効果にならないか心配です。
 また持続可能な社会保障制度の確立こそ、まず求められるべきではないのでしょうか。日本は美しい自然に恵まれている一方で、自然災害も多く、取り返しのつかない苛酷な被害も起こる。まさに国土強靭化を国民の皆で考えていただく時期と思います。
 工事に繋がる我々は、お役に立てる喜びと誇りを持って、国民の信頼に応える仕事をしなければなりません。国民の皆様から「国土を守る建設業」としての理解を勝ち取らねばなりません。現状では、生コン業界を例にとると経年劣化したプラントの建替えもままならず、統廃合が進み、災害時のようないざという時に役に立てなくなってきています。アベノミクスで少しは夢が持てるようになってきましたが民間に任すだけでなく、日本の安全安心のためにも何か計画的制度も必要ではないでしょうか。

■今後の建設業のあり方そのものも問われてくる。

 生産能力を含め建設生産システムの改善は、我々業界で取り組んでいかねばならない問題です。業界の就業者は、29歳以下が11.8%、55歳以上が32.8%と、10年経つと20%減少するという少子高齢化が進んでいます。若者の入職と育成こそ最重要で、特に職人は5〜10年の修業が必要であり、今すぐにも始めねばなりません。専門業者に任せるだけでなく業界全体で取り組まねばなりません。合わせて省力化の工法や多能工など、合理的に働ける方法の研究も必要です。
 現状を調べ、規制緩和を求める中で地域活性化に率先的に活動し、需要を創出することも必要となります。公共事業の入札制度については、受注業者の固定化が進んだり、アテモノ的になってきたりしています。「技術と経営に優れた企業」に向け努力する企業が夢を持てる方式に変更していただかねばなりません。
 元請、下請(専門業者)、職人グループが安心して働け、適切に経営ができ、技術改善ができていくパートナーシップの強化が求められます。それが、ものづくりの誇りを中心とした建設産業の再生に繋がるものと確信します。

新生産システムで働く人らに意欲

多能工にもさまざまな可能性

「利他行」を建設業の基本精神に

■職人不足に対応するため、一人の職人が他職種を兼ねる多能工を育成しようとする動きもあります。

 賃金を変えることなく職人不足を解消するには、入職を図ること(大手ゼネコンでは職長手当制度を導入されたと聞きます)や移民を認めるなどのことが考えられますが、仕事の効率化を図るという意味で多能工を育てる考えがあります。かつて高度成長期に躯体工を育てる試みがなされましたが、人口増加期でもあり、専門化した方が効率的だったのか立ち消えになってしまいました。
 しかし、例えば仮設工事で鳶職と鍛冶工の両方が必要な仕事において、鍛冶資格を持つ鳶職で兼務できればコストを下げる一方、賃金を上げられます。コンクリート打設工(土工、圧送工、左官工)や、リフォームでは各種の能力を持つ多能工は大変な威力を持つと思われますし、さまざまな可能性が考えられます。そのためには元請と専門工事業が一体となり、品質向上と付加価値を高める新生産システムを創り出すことが働く人の意欲を高め、建設労働人口の増加にも繋がるのではないかと思います。
 高校就職担当の先生方の前で「今なら職人として親方になれるチャンスが大きい」と呼び掛けたところ何人かの希望者が出てきました。弊社と協力会社で別会社を創り、技術、技能、管理力を備えた育成をするというようなことも考えています。そこで社会保険の加入はもちろんですが、本人が自立した時はどうなるのか、建設労働者用の適切な保険制度ができないものかと思います。

■確かに専門工事業者の多くは職人を直用することに負担を感じています。

 何度も申しますが、他産業の工場労働者と違い、天候、景気(受注変動)、現場の工程に左右される不安定雇用の業界です。どんどん工事量が減少していく状況において、職人を抱えきれなくなり、地方の専門業者は、資材を支給したり、品質、工程管理を責任者持ちにしたりしました。そのような中で一人親方的職人企業が誕生してきました。高齢化が進む中で年金等の過去債務を企業が負担しきれないという話もあります。
 大手のサブコンであり工事量が確保でき、直用の職人を雇用できている専門業者も工事規模によっては一人親方企業に頼らねばならず、現場で働くほとんどがそのような状況です。海外ではユニオンの中で雇用調整や社会保険制度が取られているようですが、様々な原因で組織率も低下しているようです。
 単能工、専門工、多能工に分けるとすると、個人の能力とやる気の違いで定められた労賃から、努力、実力次第で高給が稼げるシステムにならねばなりません。仕事が単なる賃金対価の獲得手段から、マズローの欲求段階説の最上位の「人間としての自己実現」へと代わることにもなります。
 そのためには、業界挙げて、そのような人材育成にむけ「やる気」を評価し、バックアップすることが大切であり、職人の地位の向上にもなると思います。人を育てようとする親方の元に人は集まってくる。そこで恩恵を受けた人は、今度は自分が後継者を育てようとする。そういった人の繋がりが大切で、金銭だけの問題でないと思います。

■かつての師弟関係は今でも通じる部分があります。

 鳶職には、今も多くの若者が就職するそうです。そこの社長は、鳶職以外の資格も修得させているそうです。楽しい職場づくりの中で年季後の独立も認められています。
 奈良時代の行基という僧侶は、仏教の民衆への布教を禁じた時代に、弾圧を受けながら「利他行」として民衆と共に溜池や水路など墾田開発、架橋、布施屋、寺建立など多くの事業を成し遂げ、民衆の圧倒的な支持の下で、聖武天皇より奈良の大仏建立の勧進に起用され「大僧正」の位を授けられました。この「人のために」「国民のために」働くという利他行の思想は、現在の建設業の基本精神でなければならないと思います。会社経営が安定し、一定の生活が営めるだけのお金は必要ですが、人のために役立つという「ものづくりの精神と誇り」こそ、もっと重要ではないかと思います。
 誇りを持てる建設業界とし、国民の皆様の信頼も得て、そこで誇りを持って働け、若者が夢を持って入職してくる・・・そんな事を夢見ています。

■実効のある対策を立てる上では、実態をきっちり把握する必要があります。

 建設業の就業者数は現在、480万人程度とされ、自動車産業や社会福祉産業に比べて減少している産業であり、淘汰・再編されても仕方がないという人達もいます。しかし、この数字は建設業として認定されている二八業種に限られた数字であり、生コン、設計、コンサル、セメント、鋼材、ガラス、サッシュ、建材メーカー、建設機材メーカー、不動産等、建設関連で働く人々は数え切れず、したがって建設投資額の減少と共にGDPも減少し、デフレも続いてきたと思います。
 兵庫県建設業協会では、昨年から国民の皆様に少しでも「建設業」をご理解いただく一般公開セミナーを企画・開催しています。昨年は、藤井聡先生と三橋貴明先生の講演と対談を行いました。さらに本年は国土学を提唱されておられる大石久和先生のセミナーを開催しました。我が国の国土は他の先進国と違い、山河が七割以上も占め、分散した少ない平地に住み、地震や洪水など自然災害が多発する試練の多い土地でありながら、古くから道を通し、川筋を変え、営々と自然に働きかけてきました。財政危機にある中で、世界に伍して豊かな安全な国土を築き上げ、再び活力ある日本を取り戻すにはどうするのか、ということがテーマでした。

■災害対応に関して建設業の存在は不可欠です。

 我々日本人は、この試練の多い国土で、幾重の災害を知恵と努力で乗り越えてきました。現在の税金で公共事業という形ではなく、まさに命を守り、生活を守るためでした。その必死の「ものづくりの魂」が我々の内に「日本人」のDNAとしてあると確信しています。
 鳶職に集まる若者達には、建設業は格好が良く、人の役に立つ仕事であるというこのDNAが強く根付いていると私は思います。そのDNAを触発することで、人材はまだ育っていくと思います。少子化の中で国を守る建設業に必要な最低限の人材を確保するための長期的展望を国として立てていただき、業界も挙げて取り組まねばなりません。
 協会としてできることを一つ一つ行動していきたいと考えています。

■今後の活動に期待しております。有難うございました。



Copyright (C) NIKKAN KENSETSU SHINBUNSHA. All Rights Reserved.
当サイトを利用した結果に関するトラブルなどに関しては、当社としては一切責任をとりかねます。