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神戸大学 都市安全研究センター 北後明彦教授  【平成26年05月26日掲載】

大阪府の密集市街地解消に向けて  その課題

地域のポテンシャル上げる

区画道路と中 同時並行で整備を


 近年、まちづくりを行う上においては、大規模な自然災害等への備えた「安心・安全」がキーワードとなってきている。こうした中、大阪府では、南海トラフ巨大地震等における府内の被害想定等の新たな知見を踏まえ、まちの安全性を確保するための「大阪府密集市街地整備方針」を策定し、今後、府市が連携して取り組みを進めていくとしている。この方針策定にあたり、密集市街地の効果的・効率的な整備の方向性を提言した「大阪府密集市街地整備のあり方検討会」のメンバーである北後明彦・神戸大学教授に、密集市街地整備の課題等を聞いた。

 (渡辺真也)

■大阪府が目指す密集市街地整備の目的には災害対策のほかに、大阪の成長を支える魅力あるまちづくりがありますが、この方向性とは。

 ポテンシャルが低い地域のポテンシャルをいかにして高めるかが課題でしょう。大阪の場合、全国的に見てポテンシャルが低いとされていますが、建物を更新する場合、ポテンシャルがないと更新されにくい。これは地域を整備する場合においても同じです。建物を更新して災害に強いまちとしていくためには、整備方針に示されている「大阪の成長を支える魅力あるまちづくり」として地域のポテンシャルを上げていく必要があります。

■整備の課題は。

 密集市街地は負の遺産といいますか、その成立時から災害を受けやすいまちであったわけですが、これが衰退する、あるいは活気がなくなり住民が少なくなったからといって、そのまちが安全となるかといえばそうではない。大きな道路がなく、狭小な道路が入り組んでいるといった従来からのまちの成り立ちによる危険要因や都市構造は残ったままとなっている。これを放置しておくわけにはいかず、どのように再生、整備するかの戦略を練っていくかが課題だと考えております。

■なぜ、大阪に密集市街地が多いのか。

 どこの都市にも密集市街地はありますが、大阪における密集市街地の成り立ちは2つあると考えます。一つは、戦前の都市拡張期に、都心に近接した地域、例えば今の福島あたりですが、その周辺に労働者の住居として木造長屋が建設されていったのが最初で、当時は都市基盤が整備されておらず、また現在のような規制もなかったことから密集地域が形成されることになりました。

■無秩序な市街地の形成ですね。

 二つ目は、戦後の高度成長期に入り豊中市の庄内地域や京阪沿線の大阪市内、さらに東大阪等で労働者向け住宅が建設されました。さすがにその時代には建築基準法等は整備されておりましたが、それら法令遵守が徹底されてこなかったことが要因です。ただこれは何も大阪だけに限ったことではなく、東京や他の大都市でも同様でありました。木造密集市街地は、現在緊急に整備が必要とされている「地震等に著しく危険な密集市街地」だけではなく、その周辺にも広大に広がっており東京や他の大都市にも多くあります。

■これまで整備が進まなかった要因は。

 これだという要因は見つけにくく、いろんな要因が絡み合っているのが実情です。例えば、所有者の方が、空き家となっている建物でも取り壊すよりはそのまま残しておく方が税制上有利になるといったことが挙げられます。勿論、現在お住まいになっている人でも独居老人の方など、更新力が低い人もいるわけです。この問題については、阪神・淡路大震災の時にも老朽化家屋に住んでいた更新力の低い方が、建物倒壊により多数亡くなられております。そういった共通の課題が現在まで改善されずに抱えたままで続いているのが現状です。

■方針では、延焼遮断帯の整備と地域拠点の整備、地域防災力の向上を挙げておりますが、この取り組みは。

 防災性の向上を掲げる場合、延焼遮断帯の整備がよく指摘されます。延焼遮断帯としては一定間隔で区画道路を整備することで、阪神・淡路大震災ではその道路沿いで延焼が止まったことは事実で、大規模な延焼を防ぐ上においては効果が証明されています。しかし、その区画の中はどうであったか。この中では道路閉塞や建物倒壊により多くの住民が焼け出されている。そこでは、狭い道路の奥に老朽化した木造住宅が建て詰まっていて、このような状況の中では到底、若い人達はまちに入ってこない。ではどうすれば若い人達を呼び込め魅力あるまちづくりを行うか。それには、その区画の中を魅力ある場所にする。そこに人が集まるような魅力あるまちづくりが必要ではと考えております。その部分の対策が行政ではなかなか追いつかないところではありますが。

■なるほど。

 しかし実際には、そういった区域に住まわれる方の中には、狭小で入り組んだ道路を整理してほしいと望む方もいれば、そういった道路だからこそ車両が入ってこず、生活環境面で快適だとする方もいる。ですから一概に区画内の道路を整理すべきだとは言えない部分はあります。そういった細かな政策がとれるかどうか。神戸市では戦災復興や震災による大規模火災から復興した地域を中心として区画道路の整備はほぼ完了しており、次のステップに向かう段階となっておりますが、大阪はそれ以前の段階です。

■有効な手立てはありますか。

 区画道路と区画の中を同時並行して進めていく必要があるのではないか。一軒ずつでも建て替えることによって順次、安全度を高めて行くことが、遅いように見えて実は最も効率的ではないかと。そういった取り組みが地域防災力を高め、方針にも掲げております地域の防災意識の向上にもつながるのではないか。ただ、その中での課題としては、先程も言いましたが一人暮らしの高齢者の方々で、やはり「今のままで良い」と考える人が多いことも事実です。

■生活保護や介護を受けている人からすれば、資金もなく体力もない。そうなると建設行政だけでなく、福祉分野等と連携した取り組みも必要になってくる。

 現在、その地域に住んでいる方々にとって最も良い施策が必要ですが、もう一つは、まち全体を一挙に高級化するとした考え方もあります。特に都心に近接している地域では、全体を一掃して再開発によりそれまではと全く違ったまちづくりを行うというもので、既に地域の不燃化を図るため強制的に立ち退きを実施している自治体もあります。地域の安全性を高める上では効果はありますが、住民にとっては乱暴な話しです。大阪府の方針では、そういった手法はとらないでしょうが、いずれにしろ密集市街地の整備には、各種の施策や条例等を組み合わせ、府と地元市町が連携していかに取り組むかにかかってきますね。

■ありがとうございました。

 北後明彦(ほくご・あきひこ)
神戸大学工学部建築学科、同大大学院工学研究科建築学専攻修了後、昭和60年3月同大学院自然科学研究科環境科学専攻博士課程修了(学術博士)、建設省建築研究所主任研究員、同防煙研究室長、カナダ国立研究評議会建設研究所サミットフェロー等を歴任。現在は、神戸大学自然科学系先端融合研究環都市安全研究センターリスク・マネジメント研究部門教授(大学院工学研究科建築学専攻兼務)。兵庫県明石市出身。58歳。


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