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対談 担い手の確保・育成に向け 発注者と専門工事業の役割 【平成29年07月31日掲載】
 
担い手の確保・育成に向け 発注者と専門工事業の役割

近畿地方整備局   小林 稔 前企画部長
建設産業専門団体近畿地区連合会   北浦 年一 会長


北浦氏 小林氏



生産性向上で処遇改善目指す

 国土交通省建設産業戦略会議が平成23年に策定した「建設産業の再生と発展のための方策2011」において、 建設技能労働者への社会保険等への加入が求められて以降、公共工事設計労務単価の引き上げや発注の平準化等の国交省の施策を柱に、 建設業界と一体となった担い手の確保・育成に向けた取組みが進められている。これらの取組みに関し、近畿での建設行政をリードする近畿地方整備局企画部の小林稔・前部長と 建設産業専門団体近畿地区連合会の北浦年一会長に、専門工事業界の現状と今後、取り組むべき課題等について語ってもらった。(小林前企画部長は、7月14日付で関東地方整備局河川部長に転任) 

■初めに今年度の近畿地方整備局の事業概要からご説明下さい。

小林

 平成29年度の国土交通省当初予算では、微増とは言え5年連続で増加しました。事業執行にあたっては、国民の安全安心の確保、生産性向上による成長力の強化、地域の活性化と豊かな暮らしの実現―等の分野に重点化して配分しています。近畿地整の主な事業では、道路事業ではミッシングリンクの解消として、昨年度新規に事業化された大阪湾岸道路西伸部、今年度から事業着手する淀川左岸線延伸部等を進めていきます。河川では、紀伊半島大水害に係る砂防事業が今年度から紀伊山系直轄砂防事業として着手します。また、京都の桂川と由良川での浸水被害を踏まえた対策事業を進めます。

■湾岸線西伸部や淀川左岸線については、業界の期待も高まっています。

小林

 発注関係では、国土交通大臣の声掛けにより昨年を生産性革命元年と位置付け、今年は前進させる年としており、アイコンストラクションの推進による更なる生産性向上に取り組んでいきます。トップランナー施策として、ICTの全面的な活用、全体最適の導入、施工時期の平準化の三つを柱に全国展開を進めますが、これに加え近畿では、受発注者間のコミュニケーションによる施工の円滑化を図るため工事進捗定例会議を週一回開催することとしています。
 ICT施工では、まず土工から始めることとし、既に完成している現場もあります。それら現場関係者によると、施工性が向上し、オペレーターが未熟練者でも、かなりの精度で仕上がると聞いています。また、作業員が機械に近づく必要がないため、安全性も向上し、さらに書類作成作業も軽減するなど生産性は向上していると思われ、今後も適用現場を増やしていきます。今年度からは舗装工事にも範囲を広げていく予定です。

■生産性向上とともに、担い手確保への取組みも進められています。

小林

 担い手確保に関しては、休日確保に向けた環境整備が必要で、近畿地整では昨年度から週休2日を目指し、「土日完全休日化促進試行工事」として土日閉所のモデル工事を28の建設現場で試行しました。結果的には一定の現場では実施できましたが、いくつかの現場では工程の問題等で実施できなかったところもあり、今後はそれらの反省を踏まえて取り組んでいきます。
 実施現場に対するアンケート調査の結果では、家族と過ごす時間が増えたと好評で、やはり若者を確保する上では休日は重要な要素かなと考えます。今年度については、維持作業等を除き、原則として全ての工事を対象に実施していきますが、実施にあたっては土日に限定せず、4週8休として取り組んでいきます。
 また、これを実施するには適切な工期を確保することが重要となり、工期設定においては現在、本省で工期設定支援システムを作成しており、これを導入して最適工期を設定していきます。

■次に専門工事の状況について、北浦会長お願いします。

北浦

 時代が大きく変わり、専門工事に対する行政、発注者の対応も変わりつつあることは実感しており、ある面においては恵まれた状況になってきたとは思います。これと同様に職人の世界も変わってきている。特に雇用関係については直用か請負かなど、社会保険加入も含めて選択を迫られる状況にある。国交省では、専門工事に対し、各種の制度や施策を打ち出しており、我々も建政部との意見交換を通して説明をうけておりますが、殆どの者は上からの一方的な押し付けと受け取ることが多い。
 週休2日にしても基本的には賛成ですが、それを具体的に進めていく方策を考えていただきたい。例えば、工期設定はもちろん、専門工事業者の請負金額や職人の賃金についても、週休2日を前提に見直していく必要がある。あわせて職人の給与体系を月給制にしないと週休2日の実現はおぼつかない。そして何より、月給制にしなければいつまでたってもこの業界の体質は変わらない。
 それと、社会保険未加入対策にしても5年間かけても未だ道半ばであり、建設キャリアアップシステムにしても、それをどう説得していくか。現場で働く職人に響くようなやり方を考えていく必要がある。制度自体は良いものだとは思いますが、請負制度の中では、難しいものがある。請負制度ではまず第一に受注であり、受注につながるような制度とする必要があると思います。
 また、設計労務単価にしても、5年連続の引き上げで、平成24年度比で約4割引き上げられましたが、下に流れてきていない。その辺も発注者としてしっかりチェックする必要がある。下請側に引き上げられた実感がない。支払われていれば単価が上がり、売上や利益も伸びなければならないが、実情はそうではない。そういった実態を発注部局に知ってもらう必要がある。現在は、ある程度職人不足も緩和されているが、このままでは人が来なくなってしまう。
 さらに社会保険に関しても、今の専門工事業者の請負金額と職人の賃金ではとても吸収はできない。それを保険問題だけを取り上げて払う払わないですったもんだしている。根本は労務単価で、引き上げ分を実際の単価に反映させれば解決する話だ。

■整備局としては総合評価方式の中で専門工事業への評価に取り組んでおられます。

小林

 我々としては5年連続での公共工事設計労務単価の引き上げと総合評価落札方式の施工能力評価型において、企業の施工能力の評価項目に現場に有資格者の技能労働者を配置することで加点評価することとしています。有資格者では、登録基幹技能者、建設マスター、現代の名工、一級技能士等で、これら有資格者を配置した場合、最大で3点が加点されます。さらに、コンクリート構造物品質コンテストにおいて技能者に対する表彰も実施することとし、この表彰者についても加点対象とすることで、少しでも技能者の方に光をあてることができればと思っております。
 社会保険に関しては、今年度より直轄工事においては二次下請以下について基本的には.社会保険等加入業者に限定することとしており、社会保険については発注者サイドとしてもしっかり見ていくこととしています。

北浦

 総合評価では技能者には3点が加点されますが、元請は最大20点の企業施工能力配点となっています。元請評価には、重機の保有等も含まれておりますが、それらを操作するのは人であり、そういった人を評価する仕組みが必要。資機材を持った元請は常に高得点、人を抱えている業者に3点では、物を評価し過ぎるのではないか。そういった評価はその時代背景に沿ったもので、当時はそれでも良かったが、人材が不足し、集まらなくなった現在では実態にそぐわないのではないか。もう少し評価を上げてもらいたい。
 現在、登録基幹技能者と一級技能者をあわせても全国で7万人ほどですが、この制度自体は良いものであり、始まってから講習受講者も増えてきている。これら基幹技能者は優れた職人です。これら職人を雇用し保険に加入している業者が適正に評価されなければならず、正直者が損をするようではだめだ。
 今年になって関西では事故が増加していますが、私から言わせていただければ、良い職人が増えれば事故も起こりにくくなる。最近の事故では基本的な手順を守らず発生している場合が多く、腕の良い職人なら考えられないことで、技能以前の問題。現場の技術者の作業上の知識が不足している上に、偽装請負や一人親方など安値で受ける業者を使うから事故が起こる確率は高くなる。これは社会保険加入に関しても同様に問題です。この部分をクリアすることがまず重要で、このためまず直轄工事から始めて、それから地方自治体、民間と順次、広げていってほしい。勿論、できることとできないことがあることは理解していますが、とにかく発注部局にも専門工事の実態を知ってもらいたいという気持ちもある。

専門業者、職人の環境も大きく変化

■7年前の話になりますが、総合評価方式の中で3点が加算された当初、専門工事業界ではすごく期待が高まっていました。

北浦

 これにより、登録基幹技能者等の資格取得への意欲は高まった。それら資格者を抱えている業者に対して元請からの問い合わせが増え、それが受注に結びついていったからです。元請もそうですが、専門工事業者にとってはやはり受注が一番で、受注につながるような制度を構築してもらいたい。
 登録基幹技能者を取得するためには一級技能士資格が必要だが、職人たちは資格取得のため土日に講習を受け、検定試験を受験する。講習料や検定料も決して安くない。そうして取得した資格が現在では正当に評価されていない。苦労した割には報われていない。
 そのためには評価点を引き上げてもらいたい。そうすることで状況はガラリと変わってきます。職人の処遇も良くなり、元請も腕の良い職人を使えば、工程から品質、安全面まで合理化でき生産性も上がってくる。基本は腕の良い職人がいることで、総合評価のポイントはそこにあると考えています。現在の評価ではバランスが悪すぎる。人に対する評価のウエイトをもう少し上げていただきたい。担い手確保の上でもぜひとも必要で、評価が上がれば資格者も増えてくる。
 これまで資格に興味がなかった職人も、資格を取得することで評価が上がれば、ほっといても勉強しだすだろう。資格者を雇用し、保険にも加入している業者が報われるような制度、仕組みがほしい。

■社会保険加入に関してですが、一次下請はまだしも、二次以下の業者の場合、仕事が途切れた時の保険料の負担が問題となっています。

北浦

 保険に適正に加入している業者なら一次下請は当然として、ゼネコン側も求めていると思う。3点が加点された時でも元請は資格者を抱えている下請を求めていたが、加点評価が上がるとさらに求めてくると思う。

小林

 3点の加点は、全国でも近畿地整だけで、他は1点のところが殆どです。ただ、会長のお話を伺っていまして、直ぐにできるできないは別として、総合評価方式の中で、重機を所有している企業に対する評価を実施しておりますが、有資格者に対する評価を高めるというアイデアは一考に値するものと思います。

北浦

 近畿地整の取組みには感謝しておりますが、もう一つ突き抜けていただきたい。私が今何故、こういった話をしているかと言いますと、今は地元の元請業者に覇気がないからです。保険のことにしても、「うちでは無理」とか、「うちは民間工事が殆どだから」など、最初からやる気がない。評価点にしても、メリットがあるのは大手だけとか、地元中小企業では無理など、あきらめの姿勢で、このため、機械や人材を保有している地元業者をもっと評価してほしいという思いからです。
 先ほども申しましたが、資格を持つ優秀な技能者が全国で約七万人いるとしても、建設業全体から見れば僅かなものです。その腕の良い僅かな技能者を優遇することはできないものか。前例に捉われることなく実現していただきたい。

■ICT施工について、もう少し詳しく教えて下さい。

小林

 従来、二次元である設計図面を基に、三次元である現場で再現し、完成後はまた二次元である書類にするという、二次元と三次元でやり取りしていたものを、ICT施工では一貫してやるというものです。土工では事前測量でドローンを使えば写真やレーザーによる三次元測量が可能となり、設計もパソコン上ででき、建設機械もデータを入力することで、自動的に位置や姿勢を制御して作業が行え、最後の出来形確認も三次元で確認できる。これら三次元をトータルで行うことがICT施工で、それに最も適していたのが土工事で、昨年度から直轄工事において採用し始めたものです。
 実際の現場で見た場合、非常に格好もよく、若者にも受けると思います。担い手の確保といった観点からは、現在はよくても10年後、20年後を考えた場合、建設業に対して若者に興味を持ってもらうことが重要です。これにより危険やきついなどの従来のイメージを変え、機械オペレーターにしても、かつてのように長い経験を必要とせず、データにより一定の精度を確保しながら作業ができることから、担い手確保にも有効です。
 また、ICT施工により生産性が上がっていけば作業時間も短縮できますし、勿論、賃金は変わりません。時間が短縮することにより休みが増えるなど好循環につながります。

■ただ、地元の元請業者にしても、その辺のことがよく理解できておらず、その下請となる専門工事業者となればなおさらです。

小林

 ICT土工も始まったばかりであり、直ぐに広がるものではなく、周知には時間がかかります。今は過渡期であり少しずつ取り組んでいきますが、方向性としては、この方向へ舵を切ったということについて理解を求めていきます。

北浦

 ICTをはじめ社会保険加入、週休2日にしても、一つずつ進めていくことが肝心です。キャリアアップシステムにしてもそうですが、何度も言いますが制度そのものに反対しているわけではない。ただ、充分に理解し実現するまでには時間がかかります。その実現するまでの過程を重視する必要があります。

小林

 週休2日の実施は、担い手確保の上からは避けて通ることはできない課題だと思います。実現には、適切な工期設定や計画的な発注などに取り組んでいきます。工期をしっかり確保し、必ずしも土日にこだわらなければ可能との意見もあり、どういったやり方が良いのかは一歩ずつ詰めていく必要はあります。
 また、賃金に関しては、日給制の方もいるわけですが、発注者サイドとしては週休2日となった場合に発生する機械のリース料や維持管理費などについては、適正に計上していきます。ただ、日給制の労働者については、我々だけでは解決できないものであり、これについては一緒になって取り組む必要があります。

■週休2日はじめ、専門工事業として生産性を高めるためには何が有効ですか。

北浦

 一定の年齢以上では、休みより賃金という部分はあると思うが、賃金が変わらず休みが増えることについては、若い世代にとっては良いことです。一方、生産性を高めようとすれば月給制より請負の方がいい。そのためにも、一人いくらの出面払いはなくさないといけない。

小林

 これまでの取組みを地方公共団体へ周知することも大事です。まずは、先程、北浦会長が言われたように直轄工事で進むべき方向をきっちりと範を示すことが必要だろう思いますし、それを発注者協議会等を通じて府県や市町に周知し、さらに民間へと広げていく。時間はかかりますが、このやり方しかないのではと思います。

北浦

 専門工事の分離発注では、総合評価方式を採用しているが、その場合、価格より評価点が重視され、そのため地元ゼネコンや点数の高い業者ばかりが落札する二極化になり、専門工事業者には馴染まない場合が多くなっている。また、登録基幹技能者を配置すれば3点が加点されますが、それ以上に施工表彰された加点の方が高いため、基幹技能者を配置しなくてもよくなってくる。もう少し登録基幹技能者に対する評価を高めることはできないか。

小林

 かねてから意見や要望は伺っております。整備局としては、部分的に土木工事に含まれる場合もありますが、造園工事や塗装工事に関しては基本的に分離発注としています。総合評価方式の場合、過去の実績を重視するため、受注できるできないの二極化することはあります。勿論、我々としても総合評価方式が100%よいとは考えておりませんし、このため、実績を問わないチャレンジ型等の試行を実施するなど、いろんな方々の意見を伺いながら取組みを進めております。確かに、業種によってはそぐわないものあり、今後も検討は進めていきます。

北浦

 職人のための制度や方式であれば一向に構わないが、元請が受注するためにのみ活用されている部分もある。これは専門工事の大多数の意見でもあります。そもそも総合評価制度は何のためにあるのか。建設業の発展のための評価項目と、品質確保のための評価項目は密接に連動している。その意味でも、発注者は優れた専門工事業者と職人の評価をきちんとしないといけない。いずれにしろ、ここ数年、専門工事業界に対する様々な施策や制度が打ち出され、業界全体を取り巻く環境は大きく変わりつつあります。私自身はあまり悲観しておりません。ただ、近畿の環境は他の地域に比べ依然として厳しい状況にあり、ぜひともその辺も考慮願います。
 また、今回は、我々専門工事業者が発注部局である企画部と直接に意見を交わすことができたことに感謝申し上げます。こういった取組みはかつてなかったことでもあり、専門工事業界の実態を少しでもご理解いただけたらと考える次第です。最後に、今後も、建団連や建専連の実務者レベルと企画部とで定期的に継続した意見交換の場を設けていただけるようお願い申し上げます。

■先日、ある地方の建設業協会の幹部の方とお会いした時に「施策を進めるためにも、発注者と、実務者レベルで本音の議論がしたい」とおっしゃっていました。確かに、そのような場が大事なのですね。本日はありがとうございました。



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